料理の鉄人

  私は土曜日の夜の日本語テレビ放送を楽しみにしている。食い倒れの私にとって「料理の鉄人」は見ていてとても楽しい番組だ。厳しい審査員である岸朝子の口癖になっている「おいしゅうございます。」というセリフも面白いし、中華の鉄人、陳健一も好きだが、特に和の鉄人の森本正治の大ファンで、彼が挑戦を受けている時などは、まるでスポーツ番組でも見ているかのようにテレビの前で「負けるな、森本君!」などとついつい声援を送ってしまうのだ。出来れば鉄人の料理を1度は食べてみたいと思うのが人情というものだと思うが、残念ながら鉄人の料理を食べる機会にはまだ恵まれていない。しかし、平目対決でフランス料理の鉄人、坂井に負けたサンフランシスコのパンパシフィック・ホテルのシェフだった河井タカヨシ(漢字がわからないので、失礼してカタカナで表記)と、ロブスター対決で坂井に勝ったチャールズ・ノブヒルのシェフ、ロン・シーゲルの料理なら食べたことがある。

   河井タカヨシの料理の方は何度か食べる機会があって、私自身は彼の料理がかなり気に入っていた。彼のレパートリーの中で大根としめじとフォアグラを一緒にした料理などは私の好物の1つだった。彼は今は横浜のパンパシフィック・ホテルの方で活躍している。ロン・シーゲルと坂井のロブスター対決の時にほんの一瞬だけ河井タカヨシの姿も写ったが、帰国してから彼はかなり太ったようだ。

   先日、坂井に勝ったそのロブスター料理を食べにチャールズ・ノブヒルに行ってきた。坂井を負かした料理とはどんなものかと思って、サンフランシスコ・クロニクル紙に掲載された記事を読んでからすぐに予約を入れた。この千載一遇のチャンスを逃したくなかったのだ。電話で予約をいれた後、ファックスで予約の確認をご丁寧に2度もやりとりした。最初は、予約確認のためとXX日までにキャンセルしない場合は1人につき95ドルをクレジット・カードにチャージすることに同意する署名をしてファックスを送り返した。そのキャンセル可能日を過ぎると、またファックスが届いて予約当日に料理を食べても食べなくてもきちんとクレジット・カードにチャージしてもいいという署名をもう1度してファックスを返送した。世の中には身勝手な客も多いようなのでこうするより仕方がないのかも知れないが、こちらは食べる前からすでに緊張状態。武士に二言はないからもっと気楽に食べさせてね、というのが正直なところ。前日だったか当日だったか覚えていないが、さらにダメ押しの電話での確認が入って、とうとう私も根を上げて私の正直な気持ちを表明させていただいた。

    チャールズ・ノブヒルはカリフォルニア通りのグレース・カテドラルの近くのジョーンズ通りの高級マンションの1階にある。この店の雰囲気はなかなか良い。実際はかなり広いレストランなのだが、中が3つくらいのセクションに別れているので、ちょっとこじんまりした感じなのが良い。なるほどサンフランシスコ市長のウイリー・ブラウンが推薦しただけのことはある。しかしウェイターよりもウェイトレスの数がかなり多くて、ウェイターやバスボーイ達が黒服に蝶ネクタイのかわりに白シャツに普通のネクタイをしているというのは、私個人の好みには合わない。ところで私の人生で1番緊張していただいたお料理の味の方は如何に?「料理の鉄人試食会メニュー」と銘打って、ロブスター・カスタード、ロブスター・スープ、ロブスター・サラダ、メーン・ロブスター・ラビオリ、オーブンで焼いたロブスター、チョコレート・スフレの6コースが出された。

 最初のロブスター・カスタードは卵の殻の中に入っていた。サター通りにあるフレンチ・
レストランの「フラール・ド・リ」で出された料理と似ていたが、味は「フラール・ド・リ」のものの方が私は好きだ。ロブスター・スープは最初とても美味しく感じるが、食べているうちに塩味がきつく感じられてくる。ロブスター・サラダのハーブは抜群に美味しく感じた。メーン・ロブスター・ラビオリのラビオリが硬かったのは、油で揚げてあるせいだろうか?オーブンで焼いたロブスターはアーティチョークの蒸し煮以外はとても美味しい。デザートのチョコレート・スフレは特別の感激無し。

     私はそれまで「料理の鉄人」に登場する審査員がとても羨ましかったのだが、チャールズでの試食会以来、彼等が全然羨ましくなくなった。というのは、挑戦者が料理したテーマ食材をこれでもかこれでもかと食べさせられた後に、今度は、鉄人が料理した同じテーマ食材を食べ続けなければならないというのは実際はとてもシンドイことであることに気がついたからだ。出されたものを全部丁寧に平らげていたのではお腹がいっぱいになりとても審査など出来ないだろう。

   次ぎに飲み物の話に移る。ワインのコースを注文すると1人につき45ドルかかる。食事の各コースに対応して、シャンパンから始まり、白ワイン2種類、赤ワイン2種類、デザート・ワインの全部で6種類の飲み物が次々に登場する。最初に出されたシャンパンは、シャンパーニュ・ヴーヴ・クリッコ・イエロー・レイべル・ブリュNV。次にラッシャン・リヴァー・ヴァレーのマーティネリ・ゲワーツトラミネール 1997年物(ドイツ語を勉強していないので発音に誤りがあるかもしれない)の白ワインとサンタクルーズ・マウンテンのサラズ・ゴールド・レイべル・シャルドネー 1996年物の白ワイン。その後、バーガンディのドメーン・フェーベリー・メルキュリー・クロ・デ・ミグロン 1995年物の赤ワインとナパ・ヴァレーのシェイファー・ヴィンヤード・カベルネ 1995年物の赤ワイン。最後にキュべ・レオン・パルスのバニュル、ドメーン・ド・ラ・レクトリ 1995年物が出された。きっとワイン通には素晴らしいセレクションなのだろうが、ワインの勉強が足りない私には、ここで飲んでみた感想を書くのが精一杯。第1コースのシャンパンはとてもまろやかで飲みやすく香り豊か。第2コースの白ワインは素晴らしい香りと甘さが強烈な印象を残した。第3コースの白ワインも香りがいい。第4コースの赤ワインとなるともうそろそろ酩酊気味で印象が薄くなっている。でも普段の私は赤ワインの方が飲みやすくて好きなので、それはスイスイと咽を通って行った。次の第5コースの赤ワインも余り印象に残らずスイスイ。第6コースのデザート・ワインは香り豊かで甘くて美味しかった。

 ちなみにホール・フーズ・マーケットでこれらのワインの値段を調査したところ、サラズ・ゴールド・レイベル・シャルドネー 1996年物だけが39ドル99セントで売られていたが、他のワインは売られていなかった。テイラー通りにあるナパ・ヴァレー・ワイナリー・エクスチェンジという店では、マーティネリ・ゲワーツトラミネール 1997年物が12ドルで買えた。シャンパーニュ・ヴーヴ・クリッコ・イエロー・レイべル・ブリュNVは、ポーク通りとパシフィック通りの角にあるジャッグ・ショップで29ドル29セントで買える。このシャンパンは、店によっては39ドル99セントとか34ドルで売られていたので注意を要する。その他のものの値段も引き続き調査しようと思っている。

 さて、よく食べよく飲んだ後にシェフのロン・シーゲルが各テーブルを回って挨拶に来た。彼はあまり背の高い人ではない。

「私の料理を食べに来てくださってありがとうございます。」

「坂井さんを負かした料理というのに興味を感じて是非来てみたかったのですが、ロブスターだけを食べるのは、かなり飽きがきますね。あなたの普段のメニューを食べてみたいです。」

「私個人もロブスターだけというのは大変だと思いますよ。普段は6コースでは無く9コースのメニューでいろいろなものが出て来ます。」

「出来ればそれをいただきにまたお邪魔したいです。」

というような会話が交わされた後、彼は次のテーブルに移って行った。

 料理代95ドルに飲み物代45ドルとかなり高めについた料理の鉄人の試食会ではあったが、料理の鉄人の審査員になった気分を十分に味わえた。今度は鉄人の料理を味わってみたいものだ。



注:1999年3月3日と4日の日米時事新聞に掲載されたものに訂正、加筆。

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