コロラド州第2の都市コロラドスプリングズはアメリカで急成長を遂げている都市の1つで、カリフォルニアからの移住者も多い。そこに私の知人が住んでいる関係で時々出かけては雄大な自然との出会いを楽しんでくる。シャイアン山脈の山並みの前に立つと心にドーンと迫ってくる山のパワーが感じられる。山の斜面には高級住宅がどんどん建てられている。平地には家と家がくっ付いたタウンハウスも次々に建てられている。
コロラドスプリングズから車で西に1時間半位行った所に人口59人のハーツェルという小さな集落がある。そこはまるで
UFO でも降りてきそうな広大な盆地で、州道がたった1本走っていて、遠くのほうにロッキー山脈が見える。その盆地の海抜は富士山並の
3,000 メートル以上だ。そこからはアスぺン、ヴェイル、ブリッケンリッジという世界有数のスキー場もそう遠くはない。ハーツェルのそばには南プラット川が流れていて、そこはとても良い鱒の釣り場になっている。またその川は砂金拾い達の穴場にもなっていると言う。土地はほとんどが牧場として使用されていてバッファロー、馬、ロバなどが放牧されている。白人達の乱獲がたたり一時絶滅の危機に瀕したバッファローは、巨体に似合わず可愛らしい牛のような動物だ。バッファローの肉はコレステロールが少ないので最近注目されているのだと言う。バッファローの角も飾り物として人気があるのだそうだ。
先日そこで冬のキャンプを楽しんできた。ほとんど何も無い広大な空間に備え付けられた1台のトレーラーに一泊した。トレーラーにはベッドやテーブル、プロパンガスのコンロやオーブン、トイレも付いている。アメリカ生活20年になるが、トレーラーでのキャンプは始めてだった。トレーラーには窓があり、その窓のカーテンを開ければ中から外の景色を楽しむことができる。外は一面の銀世界。気温は摂氏零下10度位。窓が30分もすると曇ってしまうので、窓に出来る薄氷を引っ掻いては外を眺め、引っ掻いては眺めした。なんだか南極にでも居るような気がしてきた。
野生の動物も食べ物の匂いに引き寄せられて姿を現す事もある。熊や鹿、狼、スカンク、アライグマなどが出てくるそうだ。熊や狼には気を付けなければならない。護身用のライフルなども身辺に置いておかなければならない。なんだかこういう生活をするとサンフランシスコでの生活が何とも軟弱に思えてくる。ここにあるのはサバイバルであり、グルメでもファッションでもない。それゆえに全身の感覚が鋭くなってきて却って生き生きしてくる。面白いものだ。極貧のインドでも同じような感じを持ったことがあるのを思い出した。一時的に極限の状態を味わうというのは人間の魂には良いのかも知れない。
あたりに明かりがまったく無いため夜空が素晴らしかった。寒さを押してトレーラーから出てみた。ものの5分も立たないうちに体中が冷えてきてブルブル震えながらトレーラーに戻った。体が暖かくなってくるとまた星が見たくなって外に出た。焚き火でもしようものなら網の目のような天の川がボケてしまう。それほど星明かりは繊細だ。焚き火を消して満天の星を仰いで子供の時に親しんだ星座の姿を追った。白鳥座がきれいだった。名前を忘れてしまった星座の方が多かった。夜も遅くなってからオリオン座がやっと地平線から姿を現した。真夜中には月も出てきた。普段何でもない事のように受け取っている自然の営みが、実はどうしようもなく感動的な事であるのに気付かされる。どうして私は、自然の営みに感謝する心を忘れて生活しているのだろう。
近くの南プラット川で釣った鱒を食べてみる。養殖物よりも身がしまっていて美味しい。自然の厳しさを身に刻み込んだ鱒の味がする。野生の味なのだ。生きていたものを殺していただく以上有り難くいただかなければいけない、などど神妙な気持ちになってくる。
一応都会ということになっているサンフランシスコに戻ってくると、窓から見えるものは隣のマンションの窓と少しだけ残った空くらい。なんだか急に元気がなくなってくる。私も自然が恋しい年齢になってしまった。これからは出来るだけ自然に触れよう。ちょっとその気になれば、大自然はすぐそこにある。若い時には男の子とファッションを追いかけていた私が、オバサンになったら自然を追いかけるようになるなんて考えもしなかった。
注:このエッセーは1997年の作品です。 英語版のCampingコーナーの映像も合わせてお楽しみください。