今だから語ろう







ここ数年UFO問題に真剣に取り組んできたらいやでも政治の世界に目覚めさせられてしまった。そこに飛び込んできたのが911テロ事件である。

あの事件の後、アメリカ人はやたら感情的に反応し、それに付いて行けない自分がアメリカ人にはなり切れないことを思い知らされてしまった。「アメリカはヨーロッパやアジアで大規模な空爆を実行して大量殺戮を繰り返してきたではないか。そんな国にテロリストの行動を非難する資格などない。」と思ったのだ。

自分はよくても、他人がやってはいけないと感じるのは人間の基本的性質なので理解はできるが、世界のリーダーを自認するアメリカがそれをやると世界中の人々の目にはアメリカという国がひどく大人気ないように見えてしまうのではなかろうか。

事件直後、「911テロ事件は真珠湾攻撃に匹敵する。」などと何度もテレビで繰り返し発言された。実は先の大戦で日本が真珠湾攻撃をする前に宣戦布告なしに日本の潜水艦を攻撃したのはアメリカの軍艦の方だったそうだ。そのことは最近当地のテレビニュースで報道されたが、その事実が世界の多くの人々に認識されるのはいつのことだろうか。今でもむやみに「真珠湾攻撃」とテロを対比させたり、「アメリカによる日本とドイツの民主化」などと誇らし気に強調されたりすると耳障りだと感じる。それがアメリカ国民の愛国心をくすぐるための宣伝工作であると理解していても決して気分はよくないものだ。

私を含めて日本人は全般的に事なかれ主義者で自己主張が下手である。一方、アメリカ人は言わなきゃ損、損というお国柄を反映して自己主張がとても強い。そのような国の人に対しては、はっきりと物を言った方が外交はかえってうまく行くのではないだろうか。日本国内では和を尊び協調性を大事にするとしても、対外的には自己主張の固まりのような人間を演じないとわかってもらえないのではないかと常日頃感じている。自己主張のない日本人のことを「何を考えているのかさっぱりわからない気持ちの悪い人種」だと普通のアメリカ人が考えたとしても驚くにはあたらない。

日本はただだまってアメリカに従うのではなく、もっと自由にアメリカの暴言や暴走に対して抗議していかないとなめられるだけだと思う。日本はアメリカの属国だなどと自分で認めてしまったら日本の将来はないのではないだろうか。以下の発言は根無し草の生活を送っている自分に対する問いかけでもあるので過剰反応しないでいただきたいのだが、それならいっそのこと日本語と日本文化を捨て去って本当にアメリカの一州になってしまえば、せめてアメリカの大統領を選ぶ権利やアメリカに真剣に日本を守ってもらう権利くらいは与えられそうだがその覚悟はあるのだろうか。それでは民族のプライドが許さないというのであれば、皆で日本の今後のことを真剣に考えなければならないだろう。

地政学的に見ると日本の将来のかじ取りは非常に難しくどうするのが一番いいのかは私自身も考えあぐねている。できれば戦後忘れかけた独立国としての気概を取り戻して自分の国は自分で守るという気持ちを持って欲しいと思っている。今年のNHKの大河ドラマでは「武蔵」をやっているが、武蔵がやたらに「強くなりたい。」を連発しているのを聞くと、まるで弱くなってしまった現在の日本を象徴しているようでおかしい。「平和国家日本」も日本国内だけで語られる時には聞こえはいいが、外国暮らしの長い私には実に危なっかしく見える。こちらに住む私以外の日本人も同じように感じている人が多いようだ。永世中立国のスイスにだって徴兵制度があるということを直視して、世界の現実と向き合わなければいけないのではないだろうか。

話が脇にそれたが、911テロ事件後のアフガン攻撃とイラク戦争への道のりはドラマとしては最高に面白かったが、果たして本当に必要なものであったのかどうか疑わしい。911テロ事件の直後からインターネットではすでにアメリカの自作自演説が流れ、証拠も十分でないままアフガン攻撃に突っ走り、今度は世界中で巻き起こった反戦デモにもかかわらず、国連決議なしにイラク戦争へ突入した。この戦争の犠牲になって死んでいった多くの人々につつしんで哀悼の意を表したい。アメリカに税金を払っている者として、またこの戦争を支持する側にまわった日本の国民として私もまた加害者の一人であると認識している。私は「無理が通れば道理が引っ込む」ということわざのような展開を見せた今回のイラク戦争にアメリカが勝利するくらいなら、今よりさらに貧乏になってもアメリカが負けた方がいいと真面目に思っていた。いずれにしてもアメリカはすでに負けたような気がする。短期的には良くても今後アメリカが急速に衰退していくのは歴史の必然だと思っているのは私だけだろうか。

私は、イラク戦争が始まった時、ため息をつきながら大好きな松の木の前に立ち「人間さえいなかったら、この地球はとても調和に満ちた美しい星になるだろう。」と嘆いてしまった。世界の国々で本当の民主主義が実行されているのならば、大勢の国民の意志に反して戦争をすることはないはずだ。イラク戦争支持国の指導者たちは国民の意志にさからってでも石油とイラク再建の利権を追いかけたり、アメリカににらまれて自国の製品をボイコットされたり、アメリカにいじめられたりしないようにすることに戦々恐々としたように思う。最近ではイラク戦争に反対を表明した国々までもが利権を狙う側にまわって、今さらながら政治の現実をまざまざと見せつけられた。確かに人間はパンがなければ生きられないが、だからと言ってどんな人間にもほんのひとかけらは備わっているはずの倫理感を完全に無視してパンのみで行動してよいものであろうか。

幸いなことに今度の戦争でもいろいろな人々の勇気ある発言が目立ったことは事実だ。アカデミー賞を受賞した、マイケル・モア監督の「ブッシュよ、恥を知れ」発言や、南アフリカ元大統領ネルソン・マンデラの「広島、長崎に原爆を落としたアメリカこそ悪の枢軸」発言などは、私の心を捕らえて離さない。シスコの反戦デモに参加していた10才くらいの男の子が持っていたプラカードに書いてあった「こんなんだったら僕でも大統領が勤まるもん。」という文句も心に残った。

日本の小泉首相も広島、長崎の体験を踏まえて、日本を今より貧乏にしてでもアメリカにもっと強く意見を述べるくらいでないと世界中の人々からは尊敬されず、ただのエコノミックアニマルになり下がってしまうだろう。ここアメリカでも反戦デモという形でイラク戦争に反対した人々の数は日本以上に多かったのであり、それらの人々の期待に少しは答えてもよかったのではないだろうか。現大統領をかなりのアメリカ人が支持しているというが、それは果たして本当であろうか。支持率の調査方法を調査管理している団体など存在するのであろうか。存在しないとすれば支持率なんてどうにでも操作できるではないか。きちんと管理されているはずの選挙だって怪し気な国だというのに。

今回「世の中を支配するのは昔も今もつまるところ軍事力だ。」というメッセージを世界に発信したアメリカを見習う国々は今後増加するだろう。リーダーに習うのは世の常であるが故に。そして死の商人たちは益々儲かるだろう。このような世の中を意識的に作り出している人々が絶対にいるに違い無い。テロより恐いのはそういう人達である。

今回の戦争でテレビなどは国民に対する宣伝工作の道具でしかないということをいやというほど見せつけられて、情報収集はインターネットに限ると思ったが、今後、支配者たちはインターネットで個人を支配する方向にもっていくかも知れない。なにしろ、個人のホームページを読めば、その人の政治的な傾向とか思想とかが一目瞭然となるわけだから。いつの間にやらブラックリストにのせられてあの手この手の攻撃を受けたりする可能性は否定できない。

今回のエッセーのテーマは私にはかなり重荷ではあったが、そしらぬ振りをするわけにはいかなかった。911テロ事件以来、苦手な政治関連ニュースを熱心に追ってはきたが、政治を考察するには歴史の勉強が不可欠であることを痛感するに至った。私はあくまでも政治の素人であり、このテーマについてもっと深く突っ込んで書くことはできないが、イラクという国を戦前の日本に置き換えてみると何か急に目が醒めるような一連の事件が繰り広げられていることは確かだ。

私のマンションの屋上で夜空を眺めながら清浄で宇宙的な気分にひたっていると、満州出身の台湾人のおじさんが毎日の日課である体操をしにやってきて、私に「国と国との間に友情などありません。」などという話をするのでしばしば白けさせられたものだが、今度の戦争で現実というものと直面しなければならなかった。楽観的に世の中を見る人々は今回の世界中の反戦運動の盛り上がりを高く評価しているようなので、私もできるだけ人類の将来に希望を持ちたいと思っているが、ついつい疲労感のみが先立っている。これを書くことによりこれまで私の心の中にたまったオリを出し切りたいと願ったが、果たして目的は達成できただろうか。

今夜は皆既月食が見られる。しばらく振りに清浄な気分に浸りたいものだ。
皆既月食は幻想的で大変に良かった。月が妙に立体的に見えた。
 

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