続・酒

私が「酒」という題で書いたエッセーを4月8日付けの日米時事に載せていただいた。その中で私は、市場になかなか出回らない酒というのは、もうけ主義の醸造元がわざと市場に出回らないようにして酒の価値をつりあげているのだろうか、それとも造りたくても造れないので必然的に市場に出回らなくなるのだろうか、という質問をした。その後、その質問に答えて下さった方がいる。その方は、高木酒造のご親戚にあたるAさんだ。Aさんは、こちらに単身赴任して来られてまだ1年にもなっていないそうだ。Aさんは、私にわざわざ電話をかけて下さった。そして「中取り・十四代」は、儲け主義で市場に出回らないのではなく、良い酒は大量に造るのが難しいからなのだ、という事を教えて下さった。

 高木酒造の高木尚氏に嫁がれたAさんのお姉様が、今年10月に発売予定の「中取り・十四代」をAさんの日本のご実家に送って下さり、Aさんが先日帰国された時にそれを日本から持って帰られた、というお話もしてくださった。Aさんはこの貴重なお酒をなんと私にも味わわせて下さるとの事。Aさんは、日本でも手に入れるのがとても難しい特別吟醸「中取り・十四代」の4合瓶と、こちらに輸入されている「十四代」とは防腐剤が入っていないという点に違いがある本場物の「十四代」の4合瓶をそれぞれ1本ずつ、わざわざサンフランシスコまで持って来て下さった。それを日本町の「槙」レストランの白木のカウンター席で、Aさん、私の友人2人、私、「槙」のオーナーの牧口さん御夫妻の6名でいただいた。

 この2本の4合瓶のラベルは、高級な和紙でできていた。私は、特に「十四代」の入っている琥珀色の瓶の色合いがとても気に入ってしまった。「中取り・十四代」の方は、ワインのようにフルーティーな強い香りがして、そして力強いお酒であった。岡山県でしか取れない「愛山」というお米を7割ほど削り取った後の残りの3割を原料にして造られるお酒なのだそうだ。この「愛山」というお米から造られるお酒は、広島県の「剣菱」というお酒と「中取り・十四代」しかなく、ほとんどの高級酒は「山田錦」というお米を使って造られているのだそうだ。「山田錦」というお酒があるので、「山田錦」というのは酒の名前だとばかり思い込んでいたのでとても勉強になった。「十四代」の方は、「中取り」ほどの強い香りは無いが、マイルドで飲みやすい酒だと思った。酒造りは材料のお米を買って造らなければならないので余り儲からない商売であるという事や、麹作りの間は麹菌の繁殖状態に夜も目を光らせていないといけないので、連日の睡眠不足から仕込みが終わる頃までには、尚氏のご長男の顕統氏は、ゲッソリとやせ細って病院通いをする事も多いのだそうだ。顕統氏は東京から呼び戻されて25才で家業を手伝う事になったのだという。彼はまだ若いが酒造りの天与の才に恵まれているらしい。酒は生き物なので、こちらに輸入されているお酒には必ず防腐剤が入っている、という事も教わった。防腐剤が入っていないと酒の味がとてもまろやかになるようだ。それでこの2種類の酒は、造られた方々のご苦労をよそに何の抵抗もなくスイスイと私の喉元を通って行ってしまった。

 この晩「槙」レストランのカウンターを彩る美しい切り花は、メタリックな茶色でザラザラした肌ざわりの壷に差した3本の大輪のピンクの牡丹と、灰白色の平らな花器に生けられた淡い藤色のアヤメであった。私はこのレストランの切り花の美しさにいつもウットリとしてしまう。「槙」の御主人のお作りになった酒のつまみも絶品で、ワカサギの南蛮漬、アワビ、タイ、中トロ、マグロ、甘エビの刺身の盛り合わせ、カニとイカとキュウリの酢の物、カニ足の身に細く切った海苔を巻いて揚げた天麩羅、カボチャ、アスパラガス、大根、里芋の煮物を出していただいた。おいしいお料理、おいしいお酒、美しく咲く花。豊富な話題。こういうものが全部揃うと食事はとても楽しくなるもので、大変に素敵な晩をすごさせていただいた。Aさん、高木酒造の皆様、そして牧口さん御夫妻、本当に有難うございました。



注:この作品は1997年8月30日に日米時事新聞に掲載された。ただし、後半の部分が公平を旨とする新聞社の編集方針にそぐわなかったためカットされて掲載されたため、このホームページで全文を掲載することにした。

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