正月早々日本に帰ってみた。20年振りの東北の冬景色はまるで墨絵のような美しさがあった。雪玉を作っては投げ、作っては投げしていると子供時代の雪合戦を思い出した。そうしているいちに手が凍るように冷たくなってきた。寒い所の酒は美味しいそうだ。昔のんべいの私は、今は余り飲めない。しかし全然飲めなくなったわけではない。最近テレビやパソコン通信で十四代という酒が有名になっているようなのでとても興味を持っていた。十四代なら日本町のレストランでも飲めるのだけれども、十四代の中取りというのに特に興味を持っていた。それが私の郷土の酒とあっては是非1度味わってみたいものだと思っていた。

 故郷の親戚に聞いても十四代という酒の名前すら知らなかったのには驚いてしまった。地元の人間が知らなくて、遠いサンフランシスコに住んでいる私が知っている、というのは何か変だ。酒屋に問い合わせてみると十四代はなかなか手に入らないという。山形市の物産館に行って尋ねてみたら、月に1度入ってきて入ったらすぐに売れてしまうと言う。醸造元は高木酒造株式会社で山形県村山市にある会社だそうだ。係の女性はそこで造っている大吟醸酒、黒縄を薦めてくれた。1升4500円の酒だった。高いけれども興味が勝って買ってみた。辛口とある。

 弟の家に帰って早速味わってみた。説明書には冷やで飲むのが良いと書いてあった。米麹の味が残っていて、辛口というより甘口のようでもあり、とても複雑な味がした。なるほど、大吟醸酒ともなるとこんなにも深い味わいを出すものなのだ、といたく感心してしまった。いつも安い酒ばかり飲んでいないでこんな酒もたまには飲んでみるものだと思った。新潟の幻の酒、越の寒梅は飲みやすいが、まるで水のような酒だった。それに比べて酒である事を自己主張してやまないこの黒縄のほうが私は気に入ってしまった。コクがあるのでたくさんは飲めない。オチョコに2杯位でやめておくのが丁度いい。人生の楽しみは酒にある、などと言った昔の詩人がいたと思うが、ついついそんな気になってくる。
 
 ところで市場に出回る量を少なくして儲けようという方針の醸造元が多いのか、それともたくさん造りたくても造れないので必然的に市場に出回らなくなるのか、どっちなのでしょうね。いずれにしても日本に帰る楽しみがまた1つ増えた事だけは確かだ。

 最近、健康のために養命酒を飲み始めた。朝ご飯の前に1杯。夕食の前に1杯。夜寝る前に1杯。これが結構楽しくなってきた。まるで厳かな儀式のように今日一日の始まりを祝っていただく朝ご飯の前の1杯。空腹で飲む酒は五臓六腑にしみわたって行く。無事に一日の仕事が終わった事を感謝しながらいただく晩ご飯の前の1杯。今日も一日生き延びさせていただいた事を感謝しながらいただく就寝前の1杯。生きている事をことほぐ酒。神事に酒が付き物なのもわかるような気がしてくる。このような飲み方だったら酒は百薬の長となるに違いない。1杯以上飲んではいけない。1杯以上飲むと酒は毒に変わる。この習慣を始めてから何だか単調な生活の中にもメリハリが出てきたようで嬉しい。

 酒は体に悪いからと思って1滴も口にしなかった時期もあるが、酒の無い食事はどこか物足りない。浴びるほど飲んだり、全然飲まなくなったりせずに、今後は酒と上手に付き合っていきたいと思っている。



注:1997年4月8日の日米時事新聞に掲載された。

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